このサイトについて

当サイト、ネットイマージュは、現役のWEBデザイナー、イラストレーターが制作しているワードプレスを活用したWEBサイト制作支援サイトです。
個人のブログはもちろん、会社サイトの自社制作や自社運営のお役に立てれば幸いと存じます。

運営者について

某私立大学に通っていた当時、私はどうしても”目的無いままに”一般企業への就職活動をすることはできませんでした。自分がやりたいことに挑戦する事なく、なぜ”普通に”就職する必要があるのか?まずは自分がやりたいことをやって、それが無理ならその時点で就職すればよいのではないか?

そう思った私は、一切の就職活動を行わず、自分の夢に向けて邁進するぞ!と思っていました。

ですが、現実は甘くはありません。

私は漫画家になって、自分の作品を通じて世の中の矛盾をみんなに問うてみたい!と真剣に思っていたのですが、肝心の漫画が完成しません。ストーリーができないのではなく、描いても描いてもエンディングにたどり着かないのです。今思えば、まるでその当時の私自身を映し出しているような状態だったと思います。

心の中で大志を抱きながらも、実家でのニート生活が続き、このままでは自分は堕落してしまう、親にも申し訳ないし、夢半ばで終わってしまう!と強い危機感を抱き、とりあえずアルバイトで一定の収入を得ていくことを決断しました。その結果、バイト先で知り合ったある女性と『この人と結婚したい、家庭を築きたい』という思いが生まれ、一定額の資金を蓄えた後にプロポーズし(成功!)、結婚と同時に本格的に漫画家の夢を追いつつも、生活費をかせぐべくウェディングのオリジナルアイテム制作を行う自営業の道を選びました。

自身の結婚式で制作したウェルカムボード

自営業を選ぶも・・・

でも、いばらの道は続きました。よくわからないHTMLを猛勉強し、自前のネットショップを開設し、自営業を本格化してみたものの、注文はまばらで生活費の足しにもなりません。貯金を切り崩しなんとか毎日の生活をしのいでいきました。

その当時は、イーコマースの黎明期でした。ネットショップを開設すればすぐに収入が舞い込みますよ!的な風潮があり、その勢いに乗って『ネットショップを経営するならネット広告が必須だよ!』という営業さんからの電話は後を絶ちませんでした(ある意味、これは今も続いているのかもしれませんが)。

当初は全て断っていたのですが、冴えない収益状況に焦りを感じ、ある大手の会社の営業さんの言葉を信じて、なけなしの貯金を切り崩し、ローンまで組んで広告を出稿しました。ところが…

結果として、1年間で広告の効果は一切なし。申し込んだサービスからの注文は1件も無かったのです。残ったのは100万円単位のローンと、生まれたばかりの子どもを抱えるその日暮らしの、明日をも知れぬ火の車の家計だけ。

アフィリエイトにすべてを託す

私はわらにも縋る思いで、情報を集めてアフィリエイトに没頭しました。その時妻からは、『ネット広告で収入が得られるなんて甘い考えがそもそも間違っている!早くどこかに就職して!』と、言われる毎日が続きました。

『すぐそこのコンビニ!そこでバイトしたら!?』

とも言われました。自分の夢をかなえ、潤沢な収入を得て、家族みんなで楽しく暮らせる将来を夢見た私にとって、近所のコンビニでバイトしろ!という妻の言葉は悪夢でしかありませんでした。この言葉は今でもトラウマですが、妻は後日、この言動については謝ってくれました(妻は自分の夢をかなえ、自分の就きたい職についていたからこそ、私の夢を理解して結婚して、それなのに夢をあきらめろ!と言ってしまった自分に後悔したそうです)。今となっては、妻には感謝こそすれ恨む気持ちは微塵もないことだけは言っておきます。

ただその当時の私は、いっそのこと自分が死んで、生命保険がもらえる方が家族のためなのか、という思いが頭をよぎりながらも、心をえぐる妻の言葉を聞かないふりをして、最後の挑戦と思ってアフィリエイトに没頭しました。なんとか最低限のHTMLを習得した私にとって、残された道はそれしかなかったのです。SEOも理解した、ASPにも登録した、だからなんとか・・・

それでも広告収入は一切入らない日々が続き、アフィリエイトを始めた2か月目のある日に廃業届を出し、3か月目には、未経験・無資格で最低限の収入が保証される介護施設への就職を決めました。

人生真っ逆さま…と思っていた矢先、就職と時を同じくして、無我夢中で制作したアフィリエイトサイトが動き出したのです。

青天の霹靂

アフィリエイト収入がポツリポツリと出てきたかと思いきや、ボロボロの私が作ったサイトからそれなりの収益が生まれ始めたのです。今思えば、私はボロボロでも、サイトはユーザーのニーズをがっちりつかんでいた。これを青天の霹靂と言わず、なんと言うのでしょう?自分の命も賭けたWEBサイトは、決してボロボロではなかったのです。

預貯金を使い切った口座には、少しづつ”蓄え”も生まれ始めました。

それからというもの、ほぼほったらかしの状態で制作したサイトが私たち家族に一定の収入をもたらし、その収益は今では子供の将来の学費に心配する事のない金額まで膨れ上がりました。

就職を決めた私にも変化がありました。

デジタル化が遅れている介護業界では、デジタルに精通してる職員は欲しくても手に入らない存在で、私は今も働いている施設で、DXが推進される社会情勢の中、施設のデジタル化をその一手に託された存在となりました。

もちろん、介護施設の収入は決して多くはありません。でも、皆さんが思っているより多いかもしれません。私は今、『日本の平均収入のド平均』の収入を会社から得ています。そして、副収入としてはアフィリエイトの他にもWEBサイト制作事業を立ち上げたり、その他デザイン分野でも一定の収入を得て、さらには資産運用も行って資産を増やし続けています。

今の幸せ

少し話がそれますが、私は今でも介護職についています。それはなぜか?理由は一つ、自由になる時間が多いからです。残業もほとんど無く、有休あり、年間を通じて3勤1休、年間で120日以上の休みがあります。自由な時間があるからこそ副業にも精を出すことができ、家族との時間も確実に楽しめる。

給料が高いか低いかで仕事を決める時代は、すでに終わっています。仕事の内容はもちろん重要ですが、要は自分が許容できるかどうか、です。プライドなんて、ありません。だって、今は自分がやりたいことをやれているから。求める内容にもよりますが、今の私にとっては、『浅く、広く』そして、『ずっと継続できること』が自分のテーマです(もちろんやりたいことをやって満足できる収入を得るにこしたことはないですが)。

今だから、はっきり言うことができます。給料が高くて会社や組織に拘束される時間が長いのは、むしろ本末転倒です。問題なのは、自分の人生を、家族との時間を本当に楽しめているかのかどうか、それが一番大切なんです。

『為せば成る』は嘘だと思う

話を戻します。不思議なことに、私が過去に行ってきたことは一切の無駄が無いと言える現状で、事業の失敗がなんだったのか、むしろ失敗したことで学んだ事が多すぎて、はっきりと答えられません。

さらにコロナ禍の中、私は万が一この職を失っても家族を養って、老後の心配をすることのない術を身につけているのです。

何が功を奏するのかは誰にもわかりません。何が自分の未来にとって必要なのか、大切なのか、今はわからないかもしれません。でも、私は紛れもなく、過去の自分の努力によって、結果としては今と未来を築いています。

私は、自身のそんな体験をこのサイトに託そうと思っています。私の知る知識と経験が、誰かの役に立てば本当にうれしく思います。

情報化(DX)、5G、6G、SDGsなどが叫ばれる中、デジタルリテラシーや世の中への関心は持っていて全く損はありません。副業が政府によって推奨される今となっては、むしろ今を生き抜く必須項目の中にデジタルリテラシーとSDGsが含まれ、それを持つか持たないかで今後自分のとれるポジションや選択肢も大きく増減するのでは・・・私はそう思っています。

皆様に伝えたいことは、『為せば成る』ではなく『成るように成る』です(成るように成る、は私の恩師の言葉です)。事業に失敗したことは『成らない』結果でも、今は間違いなく『成って』います。たゆまぬ努力の中で、一つでも形になれば、『成るように成り』ます。でも、何が『成る』のかは誰にもわかりません。だからこそ、挑戦できることは続けていただきたいし、常に挑戦することを忘れないでほしいと思います。

そして私は今、可愛く元気な子どもたちに伝えています。

『お金がもらえるのは誰かの役に立ったお返しだから、誰の、何に役に立つのかを考えることが大切なんだよ!』と、小難しい哲学を吹き込んでいます(笑)。

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